artwine.tokyoに“つい戻ってきてしまう”理由:インタビュー後篇


2026年1月、東京・上野にて、すでにartwine.tokyoを何度も体験している方々に「なぜ、つい来てしまうのか」を改めて伺い、“創作活動を日常に”というテーマのもと、その理由を紐解きました。

前篇はこちらからお読みいただけます。

STORY 07
「思考の休息を求めて」

ここに来ると、いい意味で不思議と何も考えられなくなるんですよね。
意識して集中しようとしているわけではないのですが、絵を描いていると、仕事のことを考える余裕がなくなります。
「考えないようにする」というより、「考えられない状態になる」という感覚に近いですね。それが、意外と他では得られない。

スポーツもしますが、走っているときでさえ、頭のどこかで仕事のことを考えてしまうことがあります。
でも、絵は違う。
色や手の動きに意識が向いて、それだけで精一杯になるんです。

3時間という時間も、ちょうどいい。
短いと焦ってしまいますし、長すぎるとだれてしまう。
3時間は、気づいたら終わっている感覚です。

ここに来る理由は、何かを得たいというよりも、思考が一度止まることそのものなのかもしれません。

 

STORY 08
「ゴッホアライブが呼び覚ました創作の衝動」

私の生活はずっと子育て中心で、自分のことは後回しでした。
絵は昔から好きで美術部だった時期もあったのに、気づけば自分の時間というものが日常から消えていたんです。

きっかけは、ゴッホアライブ。会社でもらったチケットで行って、そういえば絵画が好きだったなって思い出しました。
でも、映像が流れているだけで本物の絵が見られなかった。
そのことがすごく物足りなくて、逆に「自分で描きたい」という気持ちが湧いてきたんです。

ネットで検索して見つけたのがartwine.tokyoでした。
最初に描いたゴッホの星月夜は、とにかく楽しかったです。勉強のように構図を考えるより、模写で没頭する方が自分には合っていて、3時間があっという間で。
家のことも全部忘れられて、それがとても気持ちよかったです。

それからは絵だけではなく、演劇や映画、旅行も含めて、自分の時間を大事にしようって思えるようになりました。
来る前にあれこれ想像して、帰りに作品を持って少し誇らしい気持ちになり、家で見せてまた嬉しくなる。
その一連の流れが、私にとって「自分に戻る習慣」になっています。

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STORY 09
「見る人から、描く人へ」


私にとって絵はずっと「見るもの」でした。美術館にはよく行くし、印象派が特に好きです。
でも、描くことは自分には絶対に無理だと思い込んでいました。

artwine.tokyoを見つけた時、最初に思ったのは「これならできるかもしれない」という感覚でした。
りんごの描き方から始めましょう、というような世界ではなく、好きな絵から始められるスタイル。
そして、自由に描いても怒られなさそう空気感。

実際にやってみると想像以上でした。
同じ絵、同じインストラクションなのに、みんな全然違うものを描いている。
「ああ、これが個性なんだ」と腑に落ちて。
背景を思いきり塗るときの解放感。
小学校以来の「楽しい」という感覚。

描けないと思っていた自分が、いつの間にか描けるに変わっていた。
気づけば、夏休みのほとんどを通っていました。

描いた絵を誰かに見せるたびに、少しずつ広がっていく自分の世界。
その実感と、ささやかな誇らしさ。それが、いまの私の喜びです。

STORY 10
「言葉を手放して、抽象で本音に触れる」


私の普段の仕事は、人と関わり、頭を使い、方向性を持って会話を組み立てることが中心です。
たくさん話しているのに、本音は話していないような。毎日少しずつ、自分が削れていくような感覚がありました。

だからこそ、休日くらいはもっと感覚でできることをしたいなと思い、レッサー・ユリィの「夜のポツダム広場」を見て「これなら、描けるかも」と思ったのが最初の予約でした。

通い始めてからは、同じものを正確に再現するよりも、受けた感覚を抽象で描く方がしっくりきました。
見たものをそのまま描けないからこそ、自分の中に残った印象を形にする。
その方が私には自然だったんです。

不思議なことに、持ち帰ったときにとても気に入っていた作品ほど、あとから急に飽きてしまうことがあります。
でも手直しすると、また好きになる。
自分の感覚を行ったり来たりさせる時間。その経験そのものが、とても大きなものでした。
だからきっと、また来たくなるのだと思います。

 

STORY 11
「正解じゃなく私解で描く自由」


私は、絵を見たまま同じように描けないタイプの人です。
見た色をそのまま再現するより、「私ならこうしたい」が先に出てくる。
右と左をあえて真逆にしてみたくなったり、抽象で全然違う世界を作りたくなったり。そんな衝動。

それを実際にやっても先生が止めないんです。「どうしてこの色にしたんですか?」って怒られないし、むしろ「いいですね」って受け入れてくれる。
その受け入れられる感覚が、すごく嬉しかった。

ある時、抽象画で“内側と外側”のような、自分のジレンマを描いたことがありました。仕事人としての自分と、本当は少し違う自分。
その話を少ししただけで「伝わります」って返ってきて、さらに「こっちはどういう気持ちですか?」って聞いてくれた。
あれは、絵画体験というより、カウンセリングに近い時間でした。

先生が変わると、アドバイスも変わる。
ある先生は感覚的だし、ある先生はすごく技術的だし、ほとんど何も言わない先生もいる。
ジャズとクラシックみたいな感じ、というか。
今日はどの先生かな、というのも含めて楽しみに通っています。

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